徳川慶喜と正妻

いよいよ来週はお山の家へ行ける予定。

 

気候の良い時期は

伸び放題の草を刈ったり抜いたり、

立ち木の枝の剪定や後始末、

植えこんだ花の世話など

庭仕事が山ほどあります。

 

これに慣れないうちは手を使いすぎて

数か月間バネ指のようになってしまって

痛みと焦りとで精神的に参った時期もありました。

「仕事が出来なくなったらどうしよう・・・」

 

最近は指や手の筋肉がついたのか

はたまた草抜きのテクニックをマスターしたのか

全然平気になりました。

田舎暮らしでの第一歩は

無事に終了した感じです。

 

さて、12月から3月頃までの寒い時期。

朝晩は-7、8度くらいになるこのエリア。

植物も休眠状態だし、

外でやるべきことも特になく、

薪ストーブで暖を取りながら読書三昧、

幸せな時間を過ごせます。

 

先日ちょっと時間が空いたのを利用して

次回の滞在のための本を買いにブックオフへ。

 

これが目につき、購入。

林真理子著「正妻」

 

徳川慶喜と正妻美賀子のお話のようです。

 

 

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以前この「徳川慶喜家の子ども部屋」という

徳川慶喜の孫娘の書いた本を読み、

彼女が生まれる前に他界されていたとはいえ、

いわゆる幕末や維新のころの

公式な伝聞としてではない

私人としての徳川慶喜公や

明治大正昭和初期の華族の生活を

興味深く知ることが出来ました。

 

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昨年になりますが、

東京の上野近辺を散策した際、

谷中霊園付近を歩いていたら

大勢の外国の方がガイドさんの案内で

ぞろぞろ歩いていて

耳をそばだてたら「Tokugawa・・・」とか

英語で聞こえてきました。

何だろうと思ってさり気なくあとをついていったら

徳川慶喜・美賀子夫妻が葬られている

広大な墓所でした。

 

近くにある徳川の菩提寺寛永寺

芝の増上寺でなく

都立谷中霊園のなか。

そして戒名の付いた墓石でもなく

お椀状の屋根を乗せた丸い筒型の墓標。

 

仏教を信仰してなかったのでしょうか??

大政奉還で世の中が移り変わったことが

関係しているのでしょうか?

調べてみようと思いつつ、未だ・・・。

 

少し違和感を覚えるような景色でした。

 

私は霊園や墓地では写真は撮らない主義なので

ご興味がありましたらこちらをどうそ。